2010年01月22日

見解-凝り性の自分

昔からいい意味でも悪い意味でも凝り性で、今までいろいろなものに凝ってきました。凝ろうとして凝ったのではなく、そういう性格なのです。
しかも多趣味の性質も持っているので、凝り性になる対象がかなり多く、常に1日が24時間では足りないと感じています。
今日はちょっと昔を懐かしむという意味で、現在から過去にかけて凝ったものを書いてみます。順不同ですが、ほぼ新しい順になると思います。

1写真カメラ 目
小さなものを大きく撮ることがおもしろく思います。決してズームではなく、接写の域でそれを感じます。なぜならば、小さなものに近づくとそれらのオーラを感じるからです。生き物ではテレパシーみたいなものになるでしょうか。みんなそれぞれに生きており、いつも新発見があります。だからやめられないわけです。

2車(セダン) ダッシュ(走り出すさま)
自分の家でもなく、ましてや基地でもなく、それは自分の分身です。いろいろなパーツで飾り、独自性も入れて自分だけの車にします。なぜならば、それはやはり分身だからです。自分は自分でいたいのであります。

3ホテル ムード
自分にも人並みにピーク期というものがあって、あれもひとつの凝り性になるでしょう。女の子が二人乗っている車を車で追っかけて気がつけば部屋の中で朝だったとか、もう野生というかオスそのものなわけで、これ以上書けないことが多いわけです。追伸:今は極めて大人しいです。

4アコギカラオケ るんるん
自分の中で青春と言えばこれになるでしょう。ハーモニカをくわえてライブハウスでも歌いました。自作の歌も作って、いろんなオーディションにも応募したこともありました。ギターは喜怒哀楽を増幅します。また、喜怒哀楽を増幅したかったから弾き続けたのかもしれません。思いや感情を表現するアイテムという意味では、カメラに似ているかもしれません。

5戦艦のプラモ造り船 牡牛座
もともと手先は器用なので、かなり作りました。3次元なので好きな角度から好きなだけ見ることができるのもいいいところです。日本の戦艦はラインがきれいで、お城に通じる美的要素がありました。戦争のための道具という意味ではなく、機能美を備えたひとつの工芸品として見とれていました。

他にもいろいろありますが、主なものはだいたいこんなところでしょう。凝り性は今も続いており、職種でも公務員のようなものは向いていないと思います。そういう意味では、今の仕事は向いているのかもしれません。
凝り性でいちばん大変なのは、時間という尺度が頭から消えることです。翌日のことを考えずに深夜4時5時まで続けていたり、風呂や食事はどうでもよくなったりします。冷静に考えて体に悪いので、強制的に中断する術を最近ようやく見つけました。
それは『まあいいや』です。凝り性と完璧主義を併せ持つ自分自身をなだめるには、一気にいいかげんでだらしない自分に変身することです。
『まあいいや』と無責任な妥協をすることで、自分を殺せるわけです。これ、けっこう効きます。気持ちも楽になり、精神も安定します。
世の中、休息も大事。どんな人でも寝るわけで、それなら自分も寝ようと素直になれるのであります。
病は気からと言いますが、気の持ちようで意外と自分自身をコントロールできておもしろいもんだなと思います。
文章が長くなってきたので、このへんで『まあいいや』と無責任になって終わりたいと思います。
タグ:見解 凝り性
posted by ぁぃ♂ | 岩手 ☁ | Comment(5) | TrackBack(0) | 自己的見解 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする