2011年03月09日

震源地三陸沖、最大震度5弱

今回の地震は震度4ぐらいでしたが、揺れ方がゆっくりだったのもあって恐怖感はあまりありませんでした。
ゆっさゆっさと上下左右に大きく揺れたので、やっぱり地盤ってこんにゃくなんだなぁ〜と思いにふける余裕まであった次第。
怖いのは短い周期でガスガス揺れる地震です。風景全部がブレる中であちこちで物が落ちる音がするのはかなり怖いです。数年前にきた地震がこれでした。
あと、震源地が近くで初期の縦揺れが激しく振動状に来るのも怖いです。この時周りの物が一斉に音を立てるので、その恐怖感はものすごいものがあります。
日本は地震が多すぎる国なので、いろいろな分野に耐震という考えが浸透しています。
今建てている東京スカイツリーも、塔の中心部に振り子がついていたり、比較的新しい地下鉄のトンネルは一定の距離ごとに分割したような構造になっていて揺れを吸収するそうです。
いずれにしろ、文明の発達した国に住むということは幸せなことです。

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2011年03月12日

現状報告

はじめに、被害なしで生きてます。ただ停電と断水の復旧の見込みがたっていないため、今は並んでの買い出しで日が暮れる状態です。携帯を車で充電しながら今書いていますが、落ち着いたらまたパソコンから書きます。 ぁぃ♂
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2011年03月13日

東北地方太平洋沖地震 総論

まずは、当ブログや飼育ブログにたくさんの方々からのお見舞いやご心配のお言葉を頂戴したこと、誠にありがとうございます。
そして、なかなかお返事ができなかったこと、お詫び申し上げます。

現状をご報告いたしますと、自分をはじめ飼育中の生き物や建物には被害も無く、無事です。地震後から停電や断水が続いていましたが、電気、水道の順に復旧し、その後通じなかったネットも今はつながっています。

報道等で大きな被害の映像が流れ、自分が岩手県ということもあって、ご心配をおかけいたしました。
ご存じのとおり、今なお膨大な数の方々が被害にあわれ、孤立し、行方不明になっています。
自分自身に被害がほぼなかった安堵感など吹き飛ぶほど、すさまじい大災害になっています。
今夜も寒さに震え、半分のパンひとつで朝を待つ被害者がたくさんいると思います。また、発見されないでがれきの下に今なおいる人や、残念ながら息の無くなった方もまだまだたくさんいるはずです。このような状況に伴い、まだ平時の心情には戻れません。

今回の地震は群発地震のような発生のしかたをしており、広範囲で大きな揺れとともに甚大な被害が発生しています。
このブログを見ていただいている方々やその知人にも、被害に合われた方がいると思います。
その方々に対し、一刻も早い救助や復旧を願うとともに、いつもの生活が戻ってきますよう、心から願っています。

私たちは、地震の多い日本という国に住んでいます。起こる起こると言われていた大地震が、まさに起こりました。そして、その被害は想像を超えるものでした。
私たちは日本人です。秩序を守り、辛いこと悲しいことがあっても何度も乗り切って復興してきた血筋です。
終結の詔書の中に「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び」というお言葉があります。被害に合われた方々は大変な日々を過ごしていると思われますが、どうか気を強く持って明日への希望を忘れないでほしいと切に願います。
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東北地方太平洋沖地震 〜発生時編

3月11日午後2時46分、自分は会社にいました。まず携帯が緊急地震速報の「ビョーッビョーッビョーッ」という音を出しました。ほぼ同時に街の防災行政無線がテレビの緊急地震速報で聞く例の音を出しながら「大地震です」と鳴りました。その時点ですでに震度2ぐらいで揺れており、ふとPCを見ると緊急地震速報の画面が本震到達までのカウントダウンを始めていました。ただし、表示されていた予想震度は震度3だったので、この前の地震ぐらいの揺れが来るんだなと思っていました。
ところがすでに始まっていた揺れが徐々に大きくなり、上下左右にと不規則になりつつ、その振幅を大きくしていきました。

本震はカウントダウン通りにゼロのときにやってきました。その数秒後、パッと電気が消えました。テレビでよく見る揺れの中で電気が切れる現象を目の当たりにし、この地震は今までにないものだとすぐ感じました。
その揺れはとてつもないもので、会社の食器棚を手で押さえながら背の高いロッカーや棚が倒れてこないか目を向けました。そのとき食器棚の上に置いていた恐竜の模型などが落ち始め、揺れはさらに続いてゆっくりとおさまっていきました。

地震のやばさを思い、まだ揺れは終わっていませんでしたが、千鳥足で会社を出て車のエンジンをかけて家に向かいました。
家に着く途中の道路には、大きな揺れで建物の外に逃げてきた人がたくさんいて、尋常でない地震であることを感じました。

家についてすぐ親の安否を確認しましたが、幸いにも家具などの倒れや親の怪我も無く、上から物が落ちた程度でした。
家も停電状態であることを確認し、落ちてきたものを確認しながら片付けを始めました。ここで、この地震だと断水の可能性もあると思い、倉庫からポリタンクを引っ張り出して水をため始めました。浴槽に残り湯があることも確認していましたが、ありったけの大きめの器を出して水を入れて風呂場や流しに置きました。
そのときに何となくですが水圧の低下を感じましたが、全部の器に水を入れ終わったころには水圧は3分の2ぐらいにまで下がっており、それから1時間後には箸1本ぐらいの水しか出ませんでした。

停電でテレビが映らないのでラジオを大音量でかけ、状況の把握に努めましたが、そうしている間にも震度4クラスの余震が次から次へとやってきました。ここで車載テレビがあったことに気づき、エンジンをかけてテレビを見ましたが、そこには何十台もの車や2階建ての建物が津波で流される映像が映っていました。

電気や水道の復旧は数日は無いと思い、また会社に戻ってありったけの懐中電灯や電池、ラジオなどを持ってきました。このとき、余震で落ちそうなものを全部床までおろし、飼育中の生き物の飼育ケースの安全も確認しました。

外は少しずつ暗くなり始め、そして真っ暗な夜を迎えることになります。

(「暗闇の夜編」に続く)
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東北地方太平洋沖地震 〜暗闇の夜編

暗くなったら思うような行動をとれない、そう思って防災備品などの配置場所の確認や食事を早めに行いました。
窓から外を見ると、懐中電灯を持ちながら歩いている人の灯りや車のライトの灯りが時折見えましたが、その他は真っ暗でした。車載テレビの映像で被害状況を確認をしようと外に出て空を見上げると、いつも見える北斗七星は粉状の星の中にありました。普段見えない星々が見えるようになっており、空は無数の星群で包まれていました。


東北地方太平洋沖地震 〜暗闇の夜編

大雪の影響で停電が長く続いてファンヒーターが使えなくなったことを以前ニュースで知り、数か月前に買っておいた反射式ストーブを引っ張り出しました。買っておいて本当に助かりました。最近はオール電化の住宅も増える中、こうした従来の暖房器具を使う人の数も減り、売り場に陳列される数にも限りがあります。防災用品としては、こうしたストーブがまだまだ必要だと思います。


東北地方太平洋沖地震 〜暗闇の夜編

LEDのミニ電灯を壁に固定し、机上を照らして過ごしました。頭にベルトで固定する電灯からベルトを外して使いました。
灯りと言えば懐中電灯ですが、手持ち以外でも使える形状や大きさのものがあれば、その使い方の幅も広がります。ランタン方式の灯りがあればよかったのですが、それは持っていませんでした。


東北地方太平洋沖地震 〜暗闇の夜編

10年以上前にカシオのキーボードを買った時の懸賞で当たった携帯液晶テレビ。単3電池4本で3時間ぐらいしか見れませんが、非常持出袋の中から取り出して使いました。これを見るために単3電池は多めに常備しています。画面は小さいですが、部屋の中でも被害の状況を見ることができました。
地デジに完全に切り替われば使えなくなるテレビですが、今は携帯でもワンセグがあるじゃないかと思うかもしれません。しかし、携帯の電池性能はまだまだ発展途上で、その節電性と非常時の給電方法には問題を残しています。

電気と水道は止まりましたが、ガスは都市ガスではないので使えたのが幸いでした。お湯を沸かせるだけで暖かいものを食べることができます。この点もオール電化だとアウトでしょう。実は自分はオール電化大好き人間なのですが、今回だけは古い家でよかったと思いました。

その夜は12時ごろまで情報収集をしていましたが、次の日は買い出しできるものを買っておかなければならないと思い、早朝に起きようと決めました。
日ごろから防災意識は強いほうで非常持出袋も用意していますが、水道まで止まると目先の必要なもので買えるものは新規で買おうという気持ちになるものです。特に食べ物や飲み物、ウェットティッシュぐらいはさらにほしいところです。
地震翌日にどれだけの店が開いているか、どれだけのものを買えるかは未知数でした。停電状態なので、レジでは計算機をはじくことになります。そんな苦労をして善意で営業をしてくれるのか、その点だけが不安でした。

(「買い出しと吸水編」に続く)
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