2011年03月28日

3年B組金八先生ファイナル終わる

観終わって2時間、なんだかキーボードを叩くような気分ではないのですが、無理やり叩いてます。
みんな年をとるんだなーというのが素直な感想。自分自身も年をとり、いつのまにか叱ってくれる人もいなくなっていたので、金八の説教が心にしみました。
あれがこうだからこうだという細々した分析じみたことも書く気力無し。疲労感があります。
同窓会にでも出たような時空の歪みの余韻がまだあり、ボーっとしてます。
生徒役の人、みんな大人になってたなー。時間の流れた量の多さに驚きます。
ボーっとしてるのでつぶやきレベルの文しか書けないので寝ます。
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2011年03月26日

3年B組金八先生ファイナル

自分にとって大きな影響を受け、人間形成の糧にまでなったテレビドラマのひとつに、3年B組金八先生があります。
一言で言えばこのドラマは理想の世界でしたが、手の届きそうなくらい近くの理想の世界でした。
金八先生は中学の教師ですが、視聴者である自分には人生の教師であったことが多く、その節々で怒られ、慰められ、勇気づけられました。変な話ですが本当です。

3月27日(日)、3年B組金八先生は本当の最終回を迎えます。
今となっては社会にもまれながら四苦八苦している自分自身ですので、ある意味とっくに金八先生の下を卒業してしまっているのかもしれません。
27日の最終回を観るのは同窓会に行くような不思議な気持ちです。今までドラマに出た数々の卒業生も出演するようですし、中学生だった当時の生徒が大人になっているのをまざまざと見せつけられるでしょう。

荒川の土手に初めて行った時の感動は、今でも忘れません。そこはドラマの中の風景でした。
もちろん金八先生も生徒もいませんでしたが、今日は日曜日なので明日にはここをみんなが登校するんだろうという感覚が自然とありました。
このドラマは、自分にとっては作り物でなかったのかもしれません。

何はともあれ最終回。観てるときは携帯をマナーモードにするのであしからず。

3年B組金八先生ファイナル〜「最後の贈る言葉」4時間SP
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2011年03月23日

摂取制限と出荷制限(3/23現在)

国の暫定基準値を超える放射性物質が検出されたとして、3月23日までに指示された内容は次の通り。

■摂取制限
 ・福島県内で生産
   ほうれんそう
   キャベツ
   小松菜
   茎立菜(くきたちな)
   信夫冬菜(しのぶふゆな)
   山東菜(さんとうな)
   ちじれ菜
   アブラナ
   紅菜苔(こうさいたい)
   ブロッコリー
   カリフラワー

■出荷制限
 ・福島県内で生産
   摂取制限とした野菜全部
   ほうれんそう
   かきな
   カブ
   原乳(採取)
 ・茨城県内で生産
   ほうれんそう
   かきな
   パセリ
   原乳(採取)
 ・栃木県内で生産
   ほうれんそう
   かきな
 ・群馬県内で生産
   ほうれんそう
   かきな

■アメリカが禁輸措置をとる方針の食品
 ・福島、茨城、栃木、群馬の4県産の牛乳、乳製品、果物、野菜


これらは、3月23日現在のデータです。今後追加されるかもしれないので、情報には注意すべきです。

また、知っておくべきことは「外部被ばく」と「内部被ばく」の違い。
外部被ばくは、宇宙線などの自然放射線や医療で用いられる放射線による被ばく。
内部被ばくは、放射性物質が口や鼻、傷口などから体内に入ることによる被ばく。
放射性物質が付着した食べ物を食べたり、汚染された水を吸った野菜を食べたり、塵・ホコリなどを吸ったりするのが、内部被ばくになります。

外部被ばくが一瞬あるいは一時的な被ばくであるのに対し、内部被ばくは放射性物質が体の外に出ない限り体内から放射線を浴び続けることになります。
ですから、被ばく時間が異なる結果になるこれら二つの被ばくは、単に数値だけで比較できないことに注意が必要です。

放射性物質による土壌汚染や水質汚染、海水汚染が進むほど、放射性物質が検出される品目は増えていくでしょう。地震による物流の滞りが解消されても、売り場に並べられる野菜をはじめとする食品の数は以前より少なくなると思われます。
取り返しのつかない状況を作りだしてしまった今回の事故、非常に無念です。
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2011年03月22日

被災地のペットについて

毎日のように瓦礫だらけになった被災地のもようがテレビに映し出されています。
ふと思ったのですが、その映像の中に動物を見たことがありません。津波が押し寄せた家々の中にはペットを飼っていたところもあったでしょう。犬、猫、鳥、爬虫類、両生類、昆虫、様々な生き物も黒い波に飲まれていったと思います。
瓦礫の中を犬や猫が歩いていればいいのですが、1匹も見当たりません。

生き残ったペットでも、津波や原発事故による避難ではペットを連れて行けなかった家もたくさんあるはずです。
飼い主が亡くなってしまったり、帰りたくても帰れない状況にある家では、ペットは今でも家の中にいたり鎖でつながれていたりカゴの中に取り残されたままです。
地震発生から1週間以上経ち、そのペットたちも飲まず食わずで寒い環境にさらされています。
なんとか家の外に逃げることができたり鎖が外れたペットでも、まわりには食べるものなどありません。

そのような状況を鑑み、被災地にペットフードを送り届けている団体があります。
tumu☆mamaさんのブログで知ったのですが、ここでも紹介させていただきます。
募金や義援金は強いるものではないので、あえてお願いはしません。紹介です。興味のある方は、下のリンクをクリックしてみてください。

財団法人 日本動物愛護協会
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2011年03月20日

計画停電と野球とパチンコ

計画停電が行われるというのを初めて聞いたときは、さほど大したことはないと思っていました。原発事故なので発電力が落ちているんだからみんなで節電という意味でです。
ところがニュースを見ているうちに、大都会での停電は田舎の停電の比ではなく、これもひとつの災害レベルの出来事なんだとわかりました。停電が起こることで新たに買う物資も膨大な量になり、その時点で品薄状態が発生してしまいます。
まあ、それでも突発的な大停電で人も企業もパニックになるよりはましという考え方も理解できます。

しかしです。プロ野球やるんですね。ドームで。自分も呆れていますが、計画停電を経験した人なら呆れを過ぎて怒りになっているんじゃないでしょうか。
これだけ不便な思いをしてこれだけ買い込んでこれだけ電車に乗れないのに、一方では電気いっぱいつけて球打ちだそうです。
4割節電してやると言っているようですが、これは電気のことだけでなく、気持ちの問題も大きいような気がします。

東京電力域外の球場で入場料全額震災地寄付とか、人を怒らせない方法がなぜできないのかと思います。配慮が足りませんね。節電すればいいと思っているようです。
実際、選手たちは戸惑いを見せ、個人的に多額の義援金を送っている選手もいます。
まあ、上の人たちが是が非でもドームでやりたいようです。

これと同じような見かたがパチンコにも向けられています。電気が無い無い言ってるのに電動遊戯台かよ!という声も聞かれます。お怒り、ごもっともです。
命にかかわることなら「あと何ワット」でしょうが、要は気持ちというか配慮の問題だと思います。もっと上手にやればいいのにと思います。

今回は計画停電をやる側にも大きな問題があり、初期のころには被災地まで対象地区に入れてしまって千葉県知事が激怒していました。これは配慮以前の問題ですが。

全ては経済活動という言葉の中で起こっているのはわかるのですが、状況が状況なだけにあと一歩二歩の配慮が欲しいなと感じた次第。
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2011年03月18日

東日本大震災から1週間

7日を1週間と呼び、その刻みの中で多くの人間が生活をする中、あの地震から1週間が経ちました。
3月11日午後2時46分に起きた東北地方太平洋沖地震は、その直後に発生したとてつもない津波とともに多くの人命や家財をさらっていきました。
食べるものにも不自由している状態の避難所も、今なお存在します。

沈痛かつ暗いニュースが毎日のように続いていますが、家や家族までも失った人が「泣いてばかりはいられない」と避難所の炊事を行っているニュースをみました。
「困る」という現象は誰にでも起こりますが「助ける」という行為もまた誰にでもできます。それが人間であり、その人間が作った社会であるはずです。
これからは、徐々に復旧も進んでいきます。ボランティアや募金は動く「助ける」ですが、過度な買い込みを控えたり不確かな情報を流さないことも動かない「助ける」であるといえます。
復旧が終わるまでにかかる時間は、その内容によって5日だったり数年だったり数十年だったりします。忘れてもいいことと忘れてはならないことの判別をしっかりと行い、気を強く持ちながら少しずつでも前に歩んでいかなければなりません。これは被災者はもちろん、被災者でなくても同じことです。
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