2011年04月27日

春のひとり旅まで約1週間

来週の今頃は旅先のホテルの中の予定ですが、福島に行くわけではないのでひとり旅は決行します。
なんせ、このようなご時世。風評だ不謹慎だと騒がれ、放射性物質を含んだ気流が東日本を網羅していて観光ムードでもないわけで、実際決行かどうかも考えた時期もありました。
ひとり旅のひとつの目的に「にぎわいを体感する」というものがありますが、今回のひとり旅では例年よりそれを感じない旅になるでしょう。
空いていてうれしいのは平時のこと、今のような非常時には寂しく感じるものです。そのような空気感の中で街を歩くことは、正直ドM状態に近いです。

しかし、決行するのであります。このような観光自粛ムードいっぱいの空気感の中で、観光客を受け入れる人たちの頑張り具合がいかがなものかを体感する旅にするのであります。
何も知らないで旅に行くのではありません。テレビや新聞を信じているわけでもありません。むしろ、あらゆる情報源を毎日調査してデータを収集しており、安全というよりはどのくらい危険かを知っています。ここ岩手にいながらも危険な日には外に出ませんし、やむなく出るときには必ず信頼性の高いマスクを装着しています。

旅先が青森であれ秋田であれ岩手であれ宮城であれ山形であれ、この緊張感は何ら変わりません。どこに出かけるにしても多かれ少なかれリスクは伴います。危険累計に0.1足すか0.2足すかの違いでしょう。なんせ、ここ岩手で生活しているときでさえ、すでにマスク装着状態なのですから。

もしかしたら、今後は定期的な遠出の旅は不定期になるか、近場に変更するかもしれません。
それというのも、高速道路休日1000円が6月ごろに廃止されるからです。これは痛いです。
しかし、車を使わないで旅に出るという策も新たに考えられることになるので、もしかしたら遠くに新幹線でポーンと行くことも想定されます。飛行機には乗りませんがw

今はどこに行くにも地震が来そうなので、ライターサイズのラジオや懐中電灯(マグライト)は持っていくつもりです。リラックスのベクトルがほぼ存在しない変な旅になりそうです。
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2011年04月18日

寿がきやの台湾まぜそばを食す

寿がきやの台湾まぜそばを食す

夢のコラボ企画、名店監修の創作ラーメンと題して、Tokai Walkerと寿がきやが企画したカップ麺「台湾まぜそば」です。


寿がきやの台湾まぜそばを食す

お湯を入れて捨てるタイプですが、湯切りの形状が懐かしいタイプになっていました。


寿がきやの台湾まぜそばを食す

ふたを開けると生めん+小袋3つ。さっそく調理してみます。


寿がきやの台湾まぜそばを食す

完成。一見焼きうどんのようにも見えます。鷹の爪、ニラ、フライドガーリックなどがメインのかやくです。
早速食べてみましたが、まずにんにくの香りが強烈です。そしてそのあと来るのが強めの辛み。自分は辛党なのですが、けっこう辛かったです。少ししてニボシの出汁がグワ〜ンときます。総じて、おいしいという結論になりました。

それにしても、これはかなりの異端児だと思います。万人ウケを狙うよりも実物の再現性に重きを置いたようで、この食品の持つ個性を強烈に感じます。
食べ終わった後、実際に実店舗に行って食べてみたいと素直に思いましたので、この企画は成功だったのではと思いました。
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2011年04月12日

義援金のお礼に台湾バナナ

義援金のお礼に台湾バナナ

新型インフルエンザや口蹄疫、そして今回の東日本大震災で日本が苦しい時、台湾はいつも速やかに援助の手を差し伸べてくれました。今回台湾からの義援金は100億円を超え、まだまだ増え続けているそうです。
一人の日本人として、ここにお礼を申します。本当にありがとうございました。
そこで、ささやかですが台湾バナナを食べて感謝したいと思ったわけです。


義援金のお礼に台湾バナナ

阿里山という場所で採れた台湾バナナ。もっちりとした食感で甘みが強く、まさにバナナの王様。マンゴーにも似た甘酸っぱさがかすかにあり、南国フルーツの風味も備えています。
台湾バナナはバナナの中では少し値段が高めですが、たまには本当に美味しいバナナを食すのもいいと思います。
台湾謝謝!日本は必ず復興します!(^O^)/
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2011年04月08日

昨夜の余震の瞬間のもよう

地震が来る前に、まず一瞬停電しました。20秒くらい前にほんの一瞬。0.1秒ぐらいでしょうか。
それから10秒後、また一瞬停電しました。今度はさっきより少し長くて0.3秒ぐらいでしょうか。
その直後に縦揺れの微振動が始まり、携帯から緊急地震速報の警戒音が鳴りました。同時にパソコンの画面でも緊急地震速報の画面が出てました。
この画面が出たころに部屋の灯りが30%ほどの明るさになり、こりゃ停電が来るなと思ってパソコンをシャットダウンしようとマウスを操作しましたが、揺れで思うようにマウスを動かせません。この時すでに本震が来てました。右手ですぐそばの懐中電灯を取ろうとしましたが、手につかむまでに6〜7秒かかりました。揺れの中で階段を駆け下り、親の無事を確認した次第。

今回の揺れ方は311のときよりも恐怖感がありました。初期の縦揺れが大きくて長かったのです。この時点で、とんでもない横揺れの到達を感じ、それが怖かったのであります。
また、本震の揺れ方も311とは違い、前に落ちなかったものが落ち、ずれなかったものがずれていました。

地震到達時には起きていましたが、やはり夜の地震+停電は怖いです。そのせいで昨夜は4時まで眠れませんでした。

良かったなと思ったことは、数日前にランタン型の懐中電灯を2個買っておいたこと。広い範囲を照らせるので、ろうそく以上の役割をします。
また、乾電池で携帯に充電できる器具も同時に買っておきました。これは使いませんでしたが、停電があと半日長かったら使っていました。

気がついたことは、やはりマンガン電池の短命さ。初期の明るさもアルカリ電池よりやや暗く、その後の明るさも数時間で半減しました。現在の状況を考えれば、長持ちのするアルカリ電池になります。ちなみにこのマンガン電池は311のあとに買い足したもの。それしかなかったので買いましたが、普段はアルカリのみを買っています。

「嫌な予感」についてですが、不幸にもその通りになってしまいました。この種の偶然が続いたのはこれで4〜5回目です。ちなみに、普段お世話になっている仕事の関係者も方も、同じ夜に妙な夢を見ていました。地球が何かを発信していたのかもしれません。

今現在自分自身がいる地域での災害は予感として出ることがありますが、遠くの災害では出たことがありません。ただ、なんとなくで書くのも非常に恐縮なのですが、なんとなくそわそわしてるような気がします。なんなんでしょう。群馬とか長野なのでしょうか。近くじゃない感覚です。あんまりこの種のことを書けば風評だデマだ言われそうですが、なんかまだ変なので戯言として書いておきます。
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携帯より連絡

人も家もカタツムリもアリも無事で被害なしです。また停電してるので、停電復旧後にまた書きます。
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2011年04月07日

地震発生直後のあの日を回想

会社から急きょ帰宅した家。停電の中で大音量で流れるラジオの声は次から次と被害の大きさを連呼し、携帯は5分から10分おきぐらいに緊急地震速報のブザー音を発し、そのたびに来る震度4〜5の余震。
ラジオの大津波襲来のニュースで、ここで初めて車載テレビがあることに気づく。車の中でテレビをつけると何十台もの車が押し流される映像。何分見入ったかは記憶になく、親に尋常でない災害であることを告知。ここで初めて妹に無事であることを携帯メールで連絡。
復旧しない停電に断水の可能性を考え、ポリタンクを引っ張り出して水の確保を開始。同時にありったけの大きい容器を風呂場や洗面所に置いて水をためる。
ここで一度会社に戻り、反射式ストーブとラジカセ、ありったけの電池と懐中電灯をかき集めて家に戻る。
いつの間にか鍋でご飯を炊いていた親、その日の夜は停電なので冷蔵庫から悪くなりやすいものを優先しておかずにする。ちなみにニシンの塩焼き。
とにかく慌ただしく走り回る繰り返しで、あっという間に日没。その後は携帯テレビとラジオででかい余震の中で必死に情報収集。翌朝の買い出しを想定して早めに寝る。

予期していなかったことは、車載テレビも携帯テレビも地震発生翌日には映らなくなっていたこと。ひとつまたひとつと映るテレビ局が減り、しまいにはNHKまで映らなくなりました。中継局が非常バッテリーを使い果たした結果だと思います。
携帯基地局も何か所かダウンしたようで、携帯の電池がどんどん減っていったことも予期していなかったことです。

そんなこんなで、携帯に届いたメールに返事するのもままならない状況でした。つか、リアルタイムで届いていなかったメールも多々あったのも事実。たくさんの方々にご心配をかける結果となりました。
ただ、肉体も精神もこのときは完全にサバイバル状態になっており、頭の中は常に緊急非常会議、慌ただしさがかなり極限まで達していました。家を自衛することをとにかくやらなければならなかったのであります。

あれからもうすぐ一か月なんですね。うそみたいです。昨日のことのような感覚が強いです。
発生からは一か月経ちましたが、災害はまだまだ続いています。サバイバルの要素が消えるのは、もう少し先のようです。
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