2011年04月02日

震災3週間後のスーパー事情

東日本大震災から3週間経ちましたが、スーパーやコンビニに行くと陳列棚がガラガラになっている部分がいまだにかなり目立ちます。この現象は、たぶん被災地以外でも多く見られると思います。
作る工場も被災して作れなかったり計画停電で生産率が落ちているのがひとつ、今ある物資は被災地に優先的に送られているのがひとつ、物資の輸送もいまだ不完全なことがひとつでしょう。

前に新型インフルエンザのパンデミックを想定したことがありますが、ライフラインが止まっても3日目ごろに給水車が来て食糧もある程度配給されると思っていましたが、これはほぼその通りになりました。
しかし、スーパーなどへの物流は1週間もすればほぼ復旧するだろうと想定していました。疾病と破壊とは違いますが、3週間経過後の今のスーパーの状況には正直驚きです。

商品別に見てみると、やはり食品の品揃え具合にかなり穴が開いています。カップ麺や牛乳や納豆などはかなり少なく、ヨーグルトや天然水はほぼ無いに等しい状態です。
スーパーの中のパン屋さんも小麦粉の供給量がかなり少ないらしく、焼きあがるパンの数も通常の半分ぐらいになっています。
いまだに営業を再開できない店舗もあり、今回の大震災のすごさを感じます。

いまだにと言えば、ご遺体が発見されるのもまだまだ続いています。行方不明者の数が尋常ではないので、瓦礫の下や土の下、そして海の底で眠っているのだと思います。
海中の本格的な捜索も始まったようですが、瓦礫から出たクギなどでダイバーのウェットスーツもよく破られるそうです。
避難所で生活をしている人の生活もまだまだ過酷な状況で、震災はいまだ続行中です。

さらに放射性物質の様々な経路による拡散も、日を追うごとに悪化している状態です。
話が長くなるので割愛しますが、もはや報じられるニュースをまともに信じている人はいないのではないでしょうか。
何もかもがマイナスのベクトルなので気落ちしそうになりますが、大事なのは適度と言うことだと思います。過剰なのもだめ、鈍感なのもだめ、適度に恐れて適度に安心することが重要だと思います。
ただ、政府の仕事のうちの一つに、パニックを起こさせないというのがあると思います。その手法はピンキリ様々なので、時に修正値を加味した判断も必要になるでしょう。
安全だと決めていた基準値を変更するような状態であることだけは、知っておく必要があると思います。最終的にそれをどう判断するかは個人の自由ですが。
posted by ぁぃ♂ | 岩手 | Comment(9) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月05日

嫌な予感

昨夜は夢ばっかり見てて眠りも浅く、今日はぼんやりした1日でした。
妙に懐かしい夢ばっかりで、起きてからもポポポポーンとしてました。
前にも何回かこういうことがありましたが、それから何日かして大きめの災害が発生していたのは事実。予感でも予知能力でもないでしょうが、同じようなことか複数回あったのでなんだか嫌な感じなわけです。
なんかこう、ズバーンというかボーンというか、そういった急に発生するような変な感じ。動の前の静が今回のような夢なわけです。
今の状況と照らし合わせるのはあまりにも恐ろしいのですが、何も起こらないことを祈るばかりです。念のため、携帯フル充電とガソリン満タンにしておきます。
タグ:
posted by ぁぃ♂ | 岩手 ☀ | Comment(5) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月07日

地震発生直後のあの日を回想

会社から急きょ帰宅した家。停電の中で大音量で流れるラジオの声は次から次と被害の大きさを連呼し、携帯は5分から10分おきぐらいに緊急地震速報のブザー音を発し、そのたびに来る震度4〜5の余震。
ラジオの大津波襲来のニュースで、ここで初めて車載テレビがあることに気づく。車の中でテレビをつけると何十台もの車が押し流される映像。何分見入ったかは記憶になく、親に尋常でない災害であることを告知。ここで初めて妹に無事であることを携帯メールで連絡。
復旧しない停電に断水の可能性を考え、ポリタンクを引っ張り出して水の確保を開始。同時にありったけの大きい容器を風呂場や洗面所に置いて水をためる。
ここで一度会社に戻り、反射式ストーブとラジカセ、ありったけの電池と懐中電灯をかき集めて家に戻る。
いつの間にか鍋でご飯を炊いていた親、その日の夜は停電なので冷蔵庫から悪くなりやすいものを優先しておかずにする。ちなみにニシンの塩焼き。
とにかく慌ただしく走り回る繰り返しで、あっという間に日没。その後は携帯テレビとラジオででかい余震の中で必死に情報収集。翌朝の買い出しを想定して早めに寝る。

予期していなかったことは、車載テレビも携帯テレビも地震発生翌日には映らなくなっていたこと。ひとつまたひとつと映るテレビ局が減り、しまいにはNHKまで映らなくなりました。中継局が非常バッテリーを使い果たした結果だと思います。
携帯基地局も何か所かダウンしたようで、携帯の電池がどんどん減っていったことも予期していなかったことです。

そんなこんなで、携帯に届いたメールに返事するのもままならない状況でした。つか、リアルタイムで届いていなかったメールも多々あったのも事実。たくさんの方々にご心配をかける結果となりました。
ただ、肉体も精神もこのときは完全にサバイバル状態になっており、頭の中は常に緊急非常会議、慌ただしさがかなり極限まで達していました。家を自衛することをとにかくやらなければならなかったのであります。

あれからもうすぐ一か月なんですね。うそみたいです。昨日のことのような感覚が強いです。
発生からは一か月経ちましたが、災害はまだまだ続いています。サバイバルの要素が消えるのは、もう少し先のようです。
posted by ぁぃ♂ | 岩手 | Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月08日

携帯より連絡

人も家もカタツムリもアリも無事で被害なしです。また停電してるので、停電復旧後にまた書きます。
posted by ぁぃ♂ | 岩手 ☁ | Comment(5) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

昨夜の余震の瞬間のもよう

地震が来る前に、まず一瞬停電しました。20秒くらい前にほんの一瞬。0.1秒ぐらいでしょうか。
それから10秒後、また一瞬停電しました。今度はさっきより少し長くて0.3秒ぐらいでしょうか。
その直後に縦揺れの微振動が始まり、携帯から緊急地震速報の警戒音が鳴りました。同時にパソコンの画面でも緊急地震速報の画面が出てました。
この画面が出たころに部屋の灯りが30%ほどの明るさになり、こりゃ停電が来るなと思ってパソコンをシャットダウンしようとマウスを操作しましたが、揺れで思うようにマウスを動かせません。この時すでに本震が来てました。右手ですぐそばの懐中電灯を取ろうとしましたが、手につかむまでに6〜7秒かかりました。揺れの中で階段を駆け下り、親の無事を確認した次第。

今回の揺れ方は311のときよりも恐怖感がありました。初期の縦揺れが大きくて長かったのです。この時点で、とんでもない横揺れの到達を感じ、それが怖かったのであります。
また、本震の揺れ方も311とは違い、前に落ちなかったものが落ち、ずれなかったものがずれていました。

地震到達時には起きていましたが、やはり夜の地震+停電は怖いです。そのせいで昨夜は4時まで眠れませんでした。

良かったなと思ったことは、数日前にランタン型の懐中電灯を2個買っておいたこと。広い範囲を照らせるので、ろうそく以上の役割をします。
また、乾電池で携帯に充電できる器具も同時に買っておきました。これは使いませんでしたが、停電があと半日長かったら使っていました。

気がついたことは、やはりマンガン電池の短命さ。初期の明るさもアルカリ電池よりやや暗く、その後の明るさも数時間で半減しました。現在の状況を考えれば、長持ちのするアルカリ電池になります。ちなみにこのマンガン電池は311のあとに買い足したもの。それしかなかったので買いましたが、普段はアルカリのみを買っています。

「嫌な予感」についてですが、不幸にもその通りになってしまいました。この種の偶然が続いたのはこれで4〜5回目です。ちなみに、普段お世話になっている仕事の関係者も方も、同じ夜に妙な夢を見ていました。地球が何かを発信していたのかもしれません。

今現在自分自身がいる地域での災害は予感として出ることがありますが、遠くの災害では出たことがありません。ただ、なんとなくで書くのも非常に恐縮なのですが、なんとなくそわそわしてるような気がします。なんなんでしょう。群馬とか長野なのでしょうか。近くじゃない感覚です。あんまりこの種のことを書けば風評だデマだ言われそうですが、なんかまだ変なので戯言として書いておきます。
posted by ぁぃ♂ | 岩手 ☁ | Comment(4) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする