北国では3月はまだまだ冬です。蛇口から注がれる冷たい水で手を洗うと、骨まで冷えて次第に感覚が無くなって思うように動かせなくなります。
突然押し寄せてきた蛇口の水よりも冷たい海の水で体の自由を失って命を奪われた人。それでもなんとか助かった人。どちらにしても、どんなに冷たかったんだろうとこの時期になると毎年思います。
瓦礫とともに押し寄せた濁流。その濁流は、生きる者の自由を奪いました。
気が狂うほどの冷たさは、肉体と精神の希望を奪いました。
忘却や慣れは重力のように常に作用し続けるので、これからも同じように作用し続けるでしょう。避難方法や非常持出袋などの備えについて再確認するだけでは、その作用から逃れることはできません。
数は足りているか、もっと別の方法は無いか、社会の成熟から新しいものが生まれていないか、備えという行為そのものに常に改革や改新を施し、この行動自体を生き物のように扱っていかなければならないのだと思います。
常備品や非常持出袋の中身を昨年大きく変えました。準備開始当時の「万全」の多くが現代の「机上の空論」になリ始めていたことを感じていたからです。机上の空論を定期的に再確認しても意味が無く、改革や改新で現代の息を吹き込む行為が必要だと思います。生き物は生きているので呼吸が必要だということです。
あの日から6年。習慣やイベントのように振り返るのではなく、日常的に自分で自分の背中を押す労力が必要な時期に入りつつあるのかもしれません。
背中を押してみて過去の影と今の実体との差を見つめ、影の輪郭が違えば意識を見直し、影の濃さが違えば頭上の雲を取り除かなければなりません。
差分を意識して変化に敏感になる、この姿勢を懸命に維持していくことが、未来への備えにつながるのだと思います。
停電で真っ暗になった夜の風景には、輪郭というものがありませんでした。頭上には小麦粉を振り撒いたような星屑があり、その中に細くて暗い冬の天の川が弧を描いていました。一生忘れられない風景です。