2013年11月25日

萌えを呼ぶ目の3要素

内斜視に弱い
正面を見ているときに、片方の目だけが正面より内側を向いているタイプの内斜視は萌え対象です。
芸能人で言うと、平野綾、田中れいな、山本梓、小倉優子、林田真尋、篠崎愛、矢神久美あたりが属します。例外度は10%。
内斜視でなくても少しだけ寄り目にした顔にも萌えることがあるので、安易に寄り目にしてこっちを見ないように(;´Д`)

離れ目に弱い
目と目の間隔が目の幅よりも大きいような離れ目も魅力的です。
上戸彩、相武紗季、田中麗奈、永作博美、ふじポンあたりがそうですが、例外度は30%とやや高めです。
離れた両眼が輝いていることがポイントかもしれません。

つり目に弱い
これは化粧による要素も多いのでそう感じる分を含みますが、剛力彩芽、家入レオあたりは強烈です。昔のBOAもつり目気味でした。

複合例
これら3つの要素のうち複数を持つ芸能人もおり、特に家入レオは3つすべての要素を強烈なレベルで持っており、これはたまりません。
人体のひとつのパーツである顔の魅力は、いかに整っているかではなくていかに個性的かだと思うので、その個性を引き立てる術としての化粧は肯定派です。
堀北真希、綾瀬はるかにも萌えますが、今回の3つの要素のどれにも当てはまりません。きっと、目ではない別の要素に萌えているのだと思います。
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2013年09月16日

けっこう変な人かも PartU

一度に書けばコメが無くなるかもなので、故意に分割した変な人シリーズ第2弾。

湿気大嫌い
暑さはまあなんとかなりますが、湿気だけはなんともなりません。とにかくカラッカラに乾いた空気が大好きで、夏に車の窓を開けて涼しいとか全然思いません。温くてじめじめした空気をどんなに浴びても気持ちがよいわけはなく、ましてや夜になって気温が下がっても湿度が上がっていたりしたときに窓を開けて車に乗るなどもってのほか。昼でも夜でも多湿は多湿。窓を閉めてエアコン冷え冷えが大好きです。
そんなわけで、同乗者はいつも寒がっていることが多かったかもしれません。
部屋の中でも同じ。会社に来た人は、宅配便の人でもハンコが必要な郵便やさんでも新聞の集金の人でも知人でも、ドアを開けると「クゥ〜ッ」と軽くもがきます。風呂上がりにはエアコン16℃の強風を全身に浴びるのが日常茶飯事なので、大昔にラブホで同じことをしてたら同居者が「クゥ〜ッ」と軽くもがいてました。

基本的に実験大好き
どうなるんだろうと考えながらやってみて確かめる、あれこれ考えるとこれなんだなと思います。
例えば料理が好きなことも、家庭的だとか優しそうだとかではなく、単に食材と調味料を混ぜ混ぜしてみておいしいかどうかを確かめたいわけです。言うなれば工作みたいなもので、いろんなものの形を変えてくっつけてみて面白さを体感したいのが動機です。
家庭菜園もまさにそのとおりで、土やら肥料やら水やりやら、様々な要因が絡み合うので料理とかなり似ています。最後に食べるという点でも同じですが。

何気に凝り性
実験好きなので凝り性になってしまうのもありますが、何かをやるとかなりハマるほうで、趣味の域を超えることが多いです。
今の職業も前の職業も結局これなわけで、どこかの学校で学んだとかの知識ではなくていわゆる「趣味が高じて」の部類になります。良く言えば「自学」に当てはまりますが自分は学んだつもりは毛頭無く、好きなことは誰でも覚えちゃうもんだと思います。

検索人間
ネットが無ければ百科事典を常に手元に置いているでしょう。とにかくちょっとでも不明なことがあればすぐGoogleに打ち込みます。なので、ツールバーの左端には決まってGoogleになります。
1日に何回くらい検索するのかわかりませんが、パソコンに向かう時は定期的に何かを検索しているような気もします。意味でも写真でも動画でも即座に結果が出てくるので、非常に喜ばしいわけです。しかし、彼女だけは出てこないのは事実。

風呂大嫌い
これはいつかも書いたような気がしますが、風呂が大嫌いです。ただ、勘違いしてほしくないのは風呂には普通の人と同じくらい入っています。
普通の人と違うのは、入る前のものすごい葛藤。あーいやだ、あーめんどくさい、あーいやだ、あーめんどくさい、これを100回ぐらい思って苦痛を感じてからやむなく仕方なく自分を殺して風呂に入ります。
しかし、それも入るまでのこと。いざ風呂に入ると1時間は出てきません。気が向くと体も2回洗って全身キュッキュッとさせて喜んでいるわけで、じゃあ風呂が好きなんだと言われれば好きなんでしょう。ただ、入る前のあの葛藤はどうしても消えないのが不思議です。

病気ではない躁鬱
極端です。病気ではありません。何かで大騒ぎするのは幹事を引き受けるほど好きで、いつも誰よりもバカ騒ぎしてしまいます。この辺りの度が過ぎるので、あの人は本当にバカなんだと思われているかもしれません。
その反対に、一人で延々と時を過ごすのもまた大好きです。人間嫌いじゃないのかと思うほど、人と接するのを拒むこともあります。1週間ぐらいなら誰とも話さないばかりか声を発しなくても全然苦ではなく、寂しいと感じることも皆無です。人間は少ししゃべりすぎなんじゃなかろうかと哲学に入ることもあります。

事務用品が好き
幅広く言うと道具が好きなのですが、その中でも特に事務用品は好きです。
日常的なハサミやセロテープなどはもちろんのこと、もはや芸術的ともいえる完成度の高いものも好きです。
たかがハサミなのにとんでもなく高価なものも売ってたりしますが、その理由を知れば知るほどその追求心に驚かされます。その長さ、その大きさ、その丸み、その厚さ、全てにそうなった理由が存在し、その道具が体の一部と化すレベルで自在に操ることを可能とした作り手の技術、そんなものに触れた時の空間の臭いが好きです。

夜も更けてまいりました。まだまだ変人ぶりは多いのですが、今回はこの辺で。
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2013年09月08日

けっこう変な人かも

客観的に見なくても自分は少し変な人だなとは思っているわけですが、いろいろ具体的に振り返るとやっぱり変な人であることがよくわかります。

スーパーの鮮魚コーナーで
普通は「今晩のおかずは〜」と物色する場所なわけですが、自分は水族館にいる気分でひたすら見学します。
ゴマサマの模様の個体差を観察したりイカの吸盤の大きさを比べたりするのは日常茶飯事で、ホタテの貝殻についている海藻の中に何かいないか凝視して探したりすることも多いです。サンマの口ばしで黄色くないのはいないか探すこともあります。

スーパーの野菜コーナーで
もっぱら家庭菜園の見本市なわけで、ブロッコリーはどの程度まで大きくして収穫すればいいかや、キャベツの葉の色、トマトの大きさなどを栽培中のものと比較することもあります。
次は何を植えようかと思いながら全商品を舐めるように見続けたりもするので、もはや不審者レベルかもしれません。
そんな人がキャベツ売り場のそばのごみ箱をあさったりするわけで、今まで無事でいられたのが奇跡なわけです。

100均で
あれを買おうと思って買いに入ることは全体の3割もなく、残りは妄想するために入ります。
妄想と言っても変な宗教の呪術をするのではなくて、これは何かに使えるだろうかと並んでいる商品を睨みます。
ペン立てを見てこれは何かに使えるだろうかと睨んでもペン立てはペン立てなのですが、透明な立方体の箱がアリの巣になったり旅行用の小瓶に液体を移すスポイトが生き物への水補給に役立ったりしました。
店に入ってから妄想を開始し、その中で気付いた用途で購入するパターンが非常に多いわけです。

捨てられない容器
カップ焼きそばの容器、惣菜の容器や皿、ヨーグルトの容器、缶詰の缶、何か入りそうなものは洗剤できれいに洗ってとっておく習性があります。…というのも、小さな生き物を飼ったり土いじりをしたりすると、大なり小なりの容器状のものを使うことが多くなり、形や大きさがこれまた非常に使いやすかったりするわけです。
バゴーンの容器を持って草むしりをしたり、ヨーグルトの容器を持って種子を採取したり、惣菜の容器でカタツムリの赤ちゃんを飼ったり、UFOの容器を一時的な鉢皿にしたり、いろいろ役立っています。

昔は箱でした
捨てられないといえば、昔は箱が捨てられませんでした。とにかく箱という箱は何かに使えそうでとっておきました。
1枚の紙で箱を作るのは大変ですが、それが一定の強度を持ってすでにできているわけです。おまけにスライド式引き出しや斜めハッチなども標準装備となれば、もはやそれは構造パーツ。レゴブロックにも通ずる無限の可能性がそこにあったわけです。

他にもいろいろありますが、一気に出すとやばいのでとりあえず今回はここまで。
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2013年03月27日

いまだに世界一なもの

いまだに世界一美味しそうなバターは、
ちびくろサンボで木の周りを3頭のトラが回り続けてできたトラのバター。

いまだに世界一美味しそうなおにぎりは、
富士山の上でパックンパックンパックンと食べる一年生のおにぎり。
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2013年01月14日

綾瀬はるかの魅力

綾瀬はるかは普通にかわいいのですが、かわいいと言ってもいろいろなかわいいがあるわけで、ちょっとそのあたりを分析してみたいと思う次第。

■ょぅι゛ょそのもの
いい意味で色気が無いです。繰り返しますが、いい意味でです。
高校生でもない、中学生でもない、小学生か幼児に属するその雰囲気は、あらゆる性的な欲を払拭させる力があります。
一言で言えば純粋。きれいなものに触れるときの感動に似ています。

■決して間違いは起きない
例えば朝まで二人っきりでいたとしても、そのような関係にはならぬものはならぬと思うわけです。
かわいい雰囲気を漂わせる人と朝まで話したいのであるので、かわいい雰囲気がHな雰囲気になっては困るわけです。このまま朝まで、そして明日も来月も来年も。継続は力なり。

■天然
ほわ〜んとしつつ、マジに天然であるのでこれはたまりません。一緒に家庭を築く相手になるかならないかは別として、少なくても1日を癒してくれるというか癒されるのは事実だと思うわけです。
ある意味人間っぽさとしては少ないほうで、人間型小動物のような生命体だと思う次第。ぜひ飼ってみたいと思わせる魅力を持っています。

■文字間に漂う妖気
「あ」の次に「や」です。そのあとに「せ」なわけです。ここまでですでに喜怒哀楽が隠れており、そのあとさらに「はる」がきます。締めは「か」。この芸名は実に絶妙。「せ」が「瀬」であることも東洋の魅力です。本名はアレなわけですが、食う虫も好き好きとはいえ、この文節間に漂うものには突っ込み禁止。ヲチがわからない場合はググる次第。

■寝てみたい
それでも何でも寝てみたい。もちろん朝まで手も触れません。手を触れれば、その瞬間に壊れてしまうんではないかと思わせるそのオーラ。それだけは永遠に持っていてほしいのであります。匂いぐらいならいいかな。
タグ:綾瀬はるか
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2012年05月24日

フルラリはアジア民族の名曲

まあ、右翼でも左翼でもない生粋の日本人の感想ということで前置きしておきますが、北朝鮮の楽曲の中に「フルラリ」というものがあります。
この歌はいい。実にいい。かなりの名曲ではないかと思う次第。

地球という星に生きる人間は国家をいうものを形成して生きていますが、その存在意義からして国家というものは基本的に争いという要素を常に持っているものだと思います。
まとまろうとすれば、それを阻害するものには当然嫌悪感を抱く。まとまらないのは国家でないわけで、やはりどの国家でも争いの種を持っているのであります。

北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国。この国家は日本という国家にとって必ずしも好ましい存在ではないでしょう。なんせ、ミサイルを向けていたり人さらいをしたりで、とんでもないわけです。
しかし、北朝鮮という国家が嫌い、政府が嫌い、人が嫌いであっても、北朝鮮の昆虫は嫌いではないと思います。
そんなわけで、この「フルラリ」という楽曲は国家の枠を超えたアジア民族の名曲といっていいでしょう。
コミカルな編曲、楽器の選択も随所随所でコミカルです。音楽だけかと思って聴いていると、後半になって歌が入ってくる意外さもコミカルです。

北も南も上も下も夏も冬も無く、まさに洗脳レベルの無機質さをもつ曲風はちょっとすごいです。
繰り返しますが、この記事には政治思想は毛頭無いのであしからずな次第で波平の毛は抜くな。
5分ぐらいある曲なのですが、Youtubeで発見しました。

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2011年01月21日

時間旅行は最大の薬

普段そんなに観ない映画やドラマなどでも、いざタイムスリップ系の要素が入っていたりすると観たりします。
「JIN−仁−」「Q10」「サムライ・ハイスクール」「漂流教室」「戦国自衛隊」「バック・トゥ・ザ・フューチャー」なんかが、その代表例です。
それと似たようなことで、半年に1回ぐらいの割合で卒業アルバムを小学校から全部一気に見たりします。

どちらも見終わってから似たような感覚になるのですが、どこかで何かがリセットされるような気になります。
これを客観的に分析してみると、今日とか明日とかの目の前のことや今の世の中のことに対して感じる不安や不満を、日常とは違った視点から見ることによってやわらげたり解決策を見出したいという脳の自己防衛の一種なのだと思います。

せかせかしながら時間を泳ぐような毎日、どうしても目先の事象をまず解決しようと目の前しか見ていない時間が多くなりがちです。そんな日常から生まれる疲労や不安、これを何とかするにはやはり時間軸を麻痺させるのが最も効率が良いような気がします。

お酒を飲んで酔うのも良し、風呂に入ってうとうとするのも良し、旅行に行って美味いモンを食うのも良し、現生から一時的に離れてみる方法はいくらでもあります。
前にもひとり旅のところの記事にも書いたのですが、これは決してエスケイプではなく、むしろ今を見つめなおしたいという極めて前向きな行動なのであります。

卒業アルバムを見るのはおもしろいです。両手を広げたほどの視野でせかせか生きていても、左手の先にはとんでもない量の時間量があったことに気づきます。そしてその時間量がこれから右手の先にもできるんだということにも気づきます。
今はいっぱいいっぱいだよ…と言ってみても、その「今」というのは前後の時間量から見ると一瞬のようなものです。今まで何百回も経験してきた喜怒哀楽のドラマの中にやがて含まれる1回なわけです。つまり、過去に経験したようなことをまた経験しているだけなのだということにすぎません。最悪とか絶望とかとは次元が違うわけです。

脳は自身を浄化できますが、人間という生命体にはこれがなかなか難しく感じます。
それでもいつのまにかかなり解消されたような感覚になります。これを時間がそうさせたとか言ったりしますが、実はちゃんと脳が自身を浄化していたのかもしれません。人間という生き物が脳を含む生命体である以上、脳はやはりちゃんと人間を守っているのかなと思います。
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2011年01月13日

入る前は猫、入れば猿

昔からそうなのですが、自分は風呂が嫌いです。しかし、風呂が好きです。
好きなのか嫌いなのかいまだによくわかりませんが、とにかく風呂に入る前は軽く鬱になってひとりで拗ねます。
なんで今ここで体を濡らさなきゃいけないんだ、拭かなきゃ乾かないだろ!
そんな思いで毎回仕方なく風呂に入るのであります。

そんなこんなで風呂に入ってみると、こりゃまた極楽。時間が許せば2〜3時間でも入っていたい気持ちになる次第。
今度は、出たくない〜♪と思いつつ、渋々出てくる始末。

それでもまた次の風呂のときには、軽く鬱になる状況。
なんなんでしょうかね(-_-)Zzz
タグ:風呂
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2010年06月21日

見解-浅田飴水飴の思い出

昔からニッキ味のものが好きで、ニッキ飴などはよく食べていました。
そんな中、浅田飴水飴に出会い、のどが痛いとかうそを言って買ってもらっていましたが、そうそう安いものでもなかったので年に1回か2回ぐらいしか買ってもらえませんでした。

ある日、友達の家の中でかくれんぼをすることになったのですが、お金持ちのお城のような大きな家だったので、隠れるところはいくらでもありました。
かくれんぼの鬼の10カウントが聞こえる中、広くて長い廊下を走って横の引き戸を開けて中に入りました。
そこは台所。テーブル、流し台、冷蔵庫、どれもが覆いかぶさってくるほど大きくて、そこは隠れ場所もたくさんありました。
台所の引き戸を開けて中を見ても陰になるようなところということで、大きな冷蔵庫の横に入り込みました。

隠れ場所が鬼の想定外だったのか、鬼はなかなか台所の引き戸を開けてくれません。なんだかひまになってふと横を見たら、そこに大好物の浅田飴水飴がありました。
封を切っているので一口ぐらいいいだろうと、中のスプーンに山盛りにした水飴を口に放り込み、しばし幸せな時を過ごしました。
ところが、いくら待っても鬼は台所を探しに来ません。そうしているうちに、もう一口、さらにもう一口、気が付けば最初の量の半分以上を食べていました。
やばい、食べ過ぎた、食べたのがばれたら怒られると思い、当初の隠れ場所だった台所から隣の部屋にこっそり移り、そこでわざと鬼に見つかるようにしてアリバイを作ったわけです。
あの時の浅田飴水飴の味は、今でも忘れません。
お金持ちのO君、浅田飴水飴が減っていたと思いますが、食べたのはわたくしでございます。ごめんなさい。
タグ:浅田飴 水飴
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2010年03月09日

もう少しサバイバルに生きろ


ニュースを引用してブログを書くことは初めてなのですが、それほどあきれているわけです。
例の、軽自動車だから軽油を入れたのニュースなのですが、驚いたことにいまだにあるようです。

人は知識や常識をもって社会を生きていますが、社会のすべてを知って理解することはもちろん無理なわけで、それを補うためにプロにお願いし、代金を支払うわけです。魚を食べるために漁に出るのは大昔の話、お店で代金を支払って買ってくればいいわけです。

セルフスタンド。ここはセルフの世界。自分で判断して行動する場所です。自分で判断するためには相応の最低限の知識が必要であり、しかも対象物は危険極まる危険物です。さらにそれを用いて動かすのは、命を乗せた4個のタイヤ。そして動かす場所は公道です。
9割9分9厘の人が常識として知っていることを知らず、公道で停止して渋滞を引き起こすことは、逮捕に値する愚かな行為だと思う次第。

軽油の名前を変えればいいとか改善案を言う人もいますが、個人の常識レベルの次元であることまで、なんでもかんでも社会のせいにしてほしくないと思うわけです。これは、子どものしつけが悪いのは学校のせいだと大騒ぎする現象と同じです。
弱者保護にも限度があるわけで、こういう改善費用が商品価格や税金に跳ね返ってこられてもたまりません。もう少し身のまわりの生きる知識に対しては、サバイバルな対応をしていただきたいと思った次第。

それにしても、軽自動車だから軽油と判断した人は、原付には原油を入れるのでしょうか。ラッセル車にはラー油、馬車には馬油、漁船には魚油、クーペにはオンリー油ーということでしょうな。(昭和ギャグ失礼)
せめて座薬だけは正座して飲まないようにしていただきたいと思います。
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